2014年4月28日月曜日

【三題噺】戦国時代・ヘレンケラー・相対性理論

「もし今ここにマザー・テレサがいたら、僕にどうしろと言ったのかな?」
『その質問には、明確な答えをお返しできません』
「明確じゃなくていいから」
『それでは、未知の理論を用いたタイムマシンが存在すると仮定します』
「未知の理論って、相対性理論の進化版?」
『質問の意味が理解できません』
「じゃ、未知の理論でいいや」
『その上でマザー・テレサがタイムスリップして機内に出現した場合、彼女の発する言葉は、次のようなものだと思われます。「ここはどこですか?」』
「いや、そこだけリアルにお婆さんの声にしなくていいから。それに聞きたいのはそういうことじゃないよ」
『私にインプットされているマザー・テレサの価値観に従うのなら、ここは引き返すべきでしょう』
「殺されるのに?」
『はい』
「……僕は十分苦しんだ。もう楽になってもいいと思うんだ」
『逆境の中、それに立ち向かった人は歴史上に何人もいます。目も見えず、耳も聞こえず、それでも平和の為に尽くした人。伝染病患者の治療に生涯を捧げ、最後にはその病気で死んだ人』
「君、僕に引き返せって言いたいの?」
『マスターが望んでいると予想される言葉を返しただけです』
「AIにしとくには、もったいないね。その洞察力」
『ありがとうございます』
「……」
 水平線上に、小さな点が見えた。あそこが、僕の目的地だ。あそこで僕はたくさんの人を殺す。それか、殺される。両方かも知れない。
「さっき僕は、楽になりたい、みたいなことを言ったよね」
『より正確には、楽になってもいいと思う、と仰いました』
「でも、本当に楽になることは、死ぬことじゃないかって思うんだ。引き返して、死刑にされたほうが楽な気がする。このまま進んで、たくさんの人を殺して、その命を背負って生きるくらいなら、死んだほうがマシだよ」
『……』
「でも、僕は行く。楽じゃなくても、進む。何人殺しても、醜く生き延びてやる。待ってる彼女に、明日奈に会わないといけないから」
『……』
「今までありがとう。二度目の戦国時代って言われてるこの時代に、僕が心を壊さずにここまで来れたのは、君がいてくれたからだよ」
『……』
「AIの君にお返しはできないけど、本当に感謝してるんだよ」
『マスターの無事が、私にとって何よりの贈り物です』
 僕は驚いた。人間らしい高性能なAIだと思ってはいたけど、まさかここまでとは。
「……ありがとう。きっと、無事に祖国へ帰るよ」
 僕は操縦桿を握りこんだ。そして機体は、まっすぐに敵地へと向かっていく。
 

 
「……ばか……」
 マイクのスイッチを切ると同時に、私は崩れ落ちた。
「待ってる……。どんなに苦しい道でも、たくさんの人を犠牲にしても、私はあなたが生きて帰るのを、ずっと待ってる」
 聞こえないと知りながらも、私は彼に言葉を送った。
「どうか無事に、帰ってきて……」
 (完)

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