2014年4月24日木曜日

隣の席の男の子が死んだ

 隣の席の男の子が死んだ。

 病死だった。死ぬ何日か前に急に倒れて、しばらく入院して、あっさり死んでしまった。入院中は割と元気そうにしていたから、まさか死ぬとは思わなかった。
「僕、点滴打ったの初めてなんだ。なんか変な感じだよ」
 彼の声が、今でもはっきりと思い出せる。
「点滴はあんまり好きじゃないけど、あとは大体快適だね、思ってたよりも。もっと退屈すると思ってた。毎日好きな本が読めて、最高って感じ」
 そう思うのは最初だけ……と、入院したこともないのに知った風な口を聞いた私に、彼は苦笑いして言った。
「そうかもね」
 彼の言うことはいつも張り合いがなくて、拍子抜けすることが多くて、でも私は、そんな彼との気楽な会話が好きだった。私達は好みの本が一緒だったから、よく本の話題で盛り上がった。
「あれは確かにいい感じの話だったよ。でも、やっぱり僕は、二人には結ばれて欲しかったな。じゃないと、可哀想すぎるよ」
 物語の中で離れ離れになった人達のことを、まるで自分の知り合いのように語る彼。切なそうに語られる彼の話は、物語をより深みあるものへと変えてくれた。
 それぞれの恋愛観について、しばらく話し合った。時たま意見をぶつけながら、かと言って激しい言い合いになることもなく、思い思いの言葉を発していた。少なくとも、私はそうだった。でも彼は、もしかしたら必死に会話を誘導していたのかもしれない。
「僕たち、付き合わない?」
 無理して平常を取り繕っている彼の顔が、ちょっと可愛かった。
 いいよ、と、私は答えた。

 あれが、一昨日のこと。今、私の前には棺と、怖いぐらい真っ白になった彼の遺体がある。私はその棺の中に、花を供えた。彼の顔をじっと見つめる。
 死ぬって、なんなんだろう。
 昨日から、ずっと考えている。
 死んだ彼を見ればわかるかもしれないと思ったけど、それでもよくわからなかった。死んだらどこに行くとか、そんなことは考えなかった。ただ、彼の死を私はどう受け止めればいいのか、それがわからなかった。自分が悲しいのかどうかさえ、わからなかった。
 彼が死んだ。でも、私は生きている。私の人生は、きっと変わらない。でも、本当にそれでいいの? 彼が死んだのに、私は……
「……悲しくもねえのに悲しいフリなんかしてんじゃねえよ」
 どきっとした。
 その声はすぐ近くから聞こえた。野太い、男の子の声だった。
 てっきり自分が言われたのかと思ったら、その声の主は、私とは全然別の方向を向いていた。彼の呟きが聞こえたのは私だけじゃなかったみたいで、声を発した男の子に非難の眼差しが集中した。
 彼はチッと舌打ちをして、斎場を後にした。私はそんな彼の後ろ姿を、じっと見つめていた。

 それから数日。彼の言葉が、ずっと心に引っかかっていた。彼がどんな気持ちであの言葉を発したのかが、気になった。彼に会いたい。会って話したいと、強く思った。
 私が実際に彼と会って話をしたのは、それから三日経ってからのことだった。その間私は、彼を探して学校中を歩き回った。探さないと彼が見つからなかった理由は、彼がまったく授業に出ていなかったからだ。彼は俗に言う、不良生徒だった。
 ようやく見つけた彼は、階段の踊り場で二段目の階段に腰掛けて、ぼーっと窓の外を見ていた。
「よう、あんたか」
 私を見た彼は、そう言って片手を上げた。馴れ馴れしい態度に、私は憤慨というよりむしろ面食らったのだけど、どうやら彼は、死んだ彼から私のことを聞いていたらしい。二人は昔からの友人で、彼が死ぬ少し前、彼から恋愛相談をされたのだという。その恋愛相談というのはもちろん、私のことなのだけれど。
「だからさ、俺は言ってやったんだよ。入院した日から毎日お見舞いに来てくれてる子が、お前のこと好きじゃないわけがないってな」
 彼は楽しそうに笑いながら話しているんだけど、その顔にはどこか影があった。無理もない。彼の友人が死んでから、まだそんなに日が経っていないんだから。
 思い出話は途切れることなく続いた。私達は争うようにして、思い出を語り合った。それはほとんどがどうでもいい話だった。死んだ彼の失敗談まで持ち出して、私達は話し続けた。向かいで話す彼は、終始笑っていた。でも私には、彼が泣いているように見えた。事実彼は、心の中では泣いていたんだと思う。こんな悲しみ方があるんだと思うと、私は胸が熱くなった。
 熱くなって、すぐに冷めた。彼は私とは違った。同じだと思ったのは、間違いだった。斎場で聞いたあの言葉は、死を悼む気持ちから出たもので、彼は、死を悲しめない人ではなかった。
 私たちはその日ひとしきり語り合ってから、別れた。別れ際に彼が、また会おうぜ、と言って、私は、できればもう会いたくないと思った。

 私は授業中に本を読んでいた。かなり前から読み始めていた本だったけど、葬式だったり人探しだったりでまだ読み切れていなかった。
 彼が死んですぐなのに、私は本を読んでいる。いつもと同じように。今朝はご飯を食べた。いつもと同じ、茶碗に一杯。夜は寝ていた。寝不足にもならず、すっきり眠れた。彼が死んでも、私の人生はやっぱり変わらなかった。
 机の影に隠しながら本を読んで、読み終えた。なかなかいい話だった。主人公が好きになれなかったけど、メインの男の子はなかなか格好良かった。あの人に読ませたら、きっと……

 きっと……。

 ああ、

 これが、死。

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