2014年4月24日木曜日

【三題噺】ネット・遠距離・再開

 早朝。
 
 太陽が昇り切らず、空気が霞んで見える時刻。
 
 
 あたしは、3階の自宅が見上げられる駐車場にいた。
 背負ったデイバッグの中から、ネットに入った洗濯物を取り出す。さっきコインランドリーで洗濯したばかりの物だ。
 
 周囲を見回して、人が居ないことを確認する。
 そして意識を自宅のベランダに集中させ――
 
 「えいやっ」
 
 洗濯物を投げた。
 
 洗濯物は狙い通り、自分の家に入った。
 
 「ふふっ」
 
 思わず零れてしまった笑いを抑えながら、あたしは暫し、優越感に浸る。
 
 その時、
 
 「よっと」
 
 気の抜けたような男の声が聞こえて、あたしは飛び上がった。
 すぐ真横で、あたしと同じように洗濯物を投げた男が居た。
 
 あたしとは違い、その洗濯物は4階のベランダに入る。
 
 その男はなんと――
 
 「て、てっちゃん?」
 
 「おー、美沙子。久しぶり」
 
 従兄の鉄雄だった。
 驚きの余り、つい昔のあだ名で呼んでしまった。
 恥ずかしい。
 
 「な、なんでこんなところに」
 
 声が裏返った。
 
 「俺さ、一昨日から美沙子の上の階に住んでんの。ってな訳でよろしく」
 
 片手を上げ、爽やかに挨拶をしてくる従兄。2年前に上京して以来、一度もあったことがなかったのに、突然の再会。
 実は密かに恋心を抱いていたあたしは、かなり感動した。
 色々話したいことはあった。
 久しぶりー、とあたしも笑顔で返したかった。
 
 でもそれらは全て、たった1つのことに押し潰された。
 
 「……負けないから」
 
 「えっ?」
 
 小さい声で言ったから聞こえなかったらしい。
 あたしはもう一度言い直した。
 
 「負けないから。あたしだって4階に入れられるから。本気になれば、あたしだって出来るから。だから……」
 
 あたしは鉄雄を睨みつけて、言った。
 
 
 「……別に負けたんじゃないから」
 
 
 そう言ってあたしは、マンションの階段を上がっていった。
 
 「…………勝負だったの? これ」
 
 一人そう呟く鉄雄を、その場に残して。

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