2014年4月30日水曜日

【三題噺】二日酔い・冠婚葬祭・セクハラ

 「うぅ……」
 休日の朝。私は頭痛に起こされて目が覚めた。
 眠る前の記憶ははっきりしないが、この頭痛が二日酔いから来ていることはすぐにわかった。天井を見ながら考えるうちに、曖昧だった記憶が蘇ってくる。
 「そうだ、結婚式だ」
 同僚の結婚式に呼ばれて、その後、二次会に行った。そこでたらふく酒を呑んで、意識を失った。
 普段は、我を失うほど呑んだりはしない。だが、昨日は全てを忘れてしまいたい気分だった。
 
 私は、同僚の結婚相手に思いを寄せていた。
 
 しかし、三角関係ではない。そもそも告白しなかったのだから、相手はこちらの思いにすら気づいていないだろう。
 「はあ……」
 このため息が頭痛から来るものなのか、憂鬱さから来るものなのか、自分でも判断が付かなかった。
 (まあいい。今日はどうせ休みだ。一日中こうやって転がって、ゆっくり心の傷を癒すとしよう)
 そう思って、掛け布団をかぶった。その時、
 ピンポーン。
 呼び鈴が鳴った。
 (こんな朝早くに、誰だ一体? ふん、無視だ無視)
 しかし呼び鈴は、しつこく何度も鳴り続けた。私は遂に痺れを切らせて、痛む頭を抱えながら玄関に立った。
 (もしロクでもない用事だったら、思いっ切り怒鳴りつけて追い返してやる)
 苛立ちをぶつけるつもりで、ドアを勢い良く押し開いた。
 そこには、自分と同い年くらいの女性が立っていた。うっすら茶髪に染めた髪と、勝ち気そうな眼差しが特徴的で、逆に言えば、それぐらいしか特徴のない、地味な女性だった。
 私は、彼女のことを知っている。彼女は私と同じ会社に勤めていて、何度か顔を合わせたこともあるからだ。確か、名前は紺野結里。昨日の結婚式にも来ていた。
 予想外の来訪者に、私の怒りは急速に萎んでいった。そうして代わりにやってきたのは、戸惑いだ。
 「な、なんだ紺野さんか。何の用だい?」
 対する彼女は、険悪な雰囲気だった。眉毛の長い狐目を、更に吊り上げて私を睨みつけてくる。
 「何の用だい、じゃないわよ。昨日のこと、忘れたとは言わせないわよ」
 「昨日?」
 そういえば、二次会で彼女の隣に座ったような記憶がある。だが、彼女をここまで怒らせるようなことをした覚えはない。
 「その顔は、忘れたって顔ね」
 更に目を吊り上げる紺野さん。その目がどこまで吊り上がるのかということには並々ならぬ興味があったが、今は二日酔いの真っ最中なので、己の好奇心には辛抱してもらうことにした。
 私は深々と頭を下げた。
 「悪いが、泥酔してしまったみたいで、昨日のことは全く覚えていないんだ。私は何か失礼なことをしたのだろうか?」
 「失礼どころじゃないわよ……!」
 そう言うと、彼女は顔を赤らめた。
 「あなたったら……、私の、私の、お、お、お尻を……」
 お尻?
 「男の人にあんなことされて我慢できるほど、私は優しくないし、淫乱でもないわよ!」
 そこまで聞いて、私は合点がいった。
 (成る程。そういうことか)
 そういえば昨日の式は、普段通りのラフなスタイルでということだったので、私は家で穿くような動きやすいズボンを穿いていった。自分の容姿については十分理解しているし、こういう誤解が起きても仕方ないとは思う。
 とは言え、この誤解を自分の口で解くのは、どうにも釈然としない。できれば、それとなく相手に気づいて欲しいものだ。
 「本当に私、男の人とそういうことしたことないのよ。あなたは酔った勢いで軽くやったことかも知れないけど、私にとっては一大事なの!」
 「いやー、君。私はだね……」
 根底にあるのは誤解だが、酔ってしまった自分にも落ち度がある。その行動にも。
 さて、どうしたものかと考えているうちに、彼女はどんどんヒートアップしていく。
 「この責任、どう取ってくれるの!? まさかお金で解決できるなんて思ってないわよね? 私は、そんなに安くないわ!」
 話が少しずつおかしな方向に進んでいる。
 まさか、責任取って結婚しなさい、なんて言い出さないだろうな。
 「責任取って、私と結婚しなさい!」
 そのまさかだった。私は焦る。
 「ちょっと待った! それは無理だ!」
 「何よ! 責任取らないつもり!? あんたそれでも男なの!?」
 「いや、だから違うんだ!」
 追い詰められた私は、仕方なく、屈辱的な告白をすることになった。
 
 「私は、女なんだ!」
 
  (終わり)

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